2021年に読んだ本 BEST 5


2021 年に読んで面白かった本 BEST 5 を紹介したい。昨年以前に出版された本もある。

1 位: ルワンダ中央銀行総裁日記

https://www.amazon.co.jp/dp/B00LMB2OLE

一九六五年、経済的に繁栄する日本からアフリカ中央の一小国ルワンダの中央銀行総裁として着任した著者を待つものは、財政と国際収支の恒常的赤字であった―。本書は物理的条件の不利に屈せず、様々の驚きや発見の連続のなかで、あくまで民情に即した経済改革を遂行した日本人総裁の記録である。今回、九四年のルワンダ動乱をめぐる一文を増補し、著者の業績をその後のアフリカ経済の推移のなかに位置づける。

今年読んだ本の中で一番おもしろかったのがこの本。あらすじはこんな感じ ↓

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IMF の途上国支援の一環として 1965 ~ 1971 までの 6 年間、ルワンダ中央銀行総裁として勤務した服部正也氏の回想録。

当時のルワンダがどのような国だったかというと

  • アフリカの中でも最貧国
  • なのに人口増加率、人口密度ともにアフリカ最高
  • 恒常的な財政赤字
  • 外国に売れるものはコーヒーと錫だけ(生産量は減少中)だが、輸出のために内陸国でインド洋までは 1,200km、大西洋までは 2,000km の移動が必要
  • 北はウガンダ、南はブルンジ、西はコンゴ、東はタンザニアに囲まれ治安は最悪
  • 定期的に国境を越えて武装勢力が侵入してくる
  • 中央銀行に銀行券のストックがほぼなし
  • 経理がめちゃくちゃなので中央銀行総裁自らが帳簿をつけなければならない

こんな絶望的な状況の中で著者は「これ以上悪くなることは不可能であるから、私が何をやっても改善になる」とポジティブな気持ちで様々な改革や政策提言を進めていく。これには(本来は)中央銀行がやるべきではない仕事も含まれている。

  • 二重為替相場の廃止
  • 外国人優遇税制の廃止
  • 財政均衡型予算の成立
  • 資金援助や流通支援を通じたルワンダ人商人の育成
  • 農民へのコーヒー集荷資金の融通

これらの政策を通じてルワンダは持続的に経済成長し、アフリカの優等生と言われるようになる。

一方で、1980 年以降は度重なる旱魃や飢饉、コーヒー価格の暴落などで所得格差が増大し、武装勢力の侵入や大統領暗殺、94 年の大虐殺などでルワンダ経済は壊滅的な打撃を受ける。著者は自分自身の経験から、それらに対する意見を増補している。

単なる回想録ではなく、その後の経験も踏まえアフリカ諸国とアジア諸国の発展になぜ差が生まれたのか、経済援助など国際関係はどうあるべきなのかという著者の哲学が感じられて非常に面白かった。

2 位: 地球の未来のため僕が決断したこと 気候大災害は防げる

https://www.amazon.co.jp/dp/B09CGQVJFH/

温室効果ガスの排出量をゼロにするしか、我々が生き残る道はない。「気候大災害」を回避するために、ビル・ゲイツは政治・経済・科学のあらゆる側面から分析を進めてきた。10 年の調査が結実し、パンデミックをも予期した著者の描く未来像が明らかに。20 年ぶりの著作。

マイクロソフトの創業者であり、現在は自身が設立したゲイツ&メリンダ財団で慈善事業やヘルスケアへの投資、貧困を減らす活動を行なっているビル・ゲイツの著作。

この本の興味深い点として、エンジニアらしく気候変動の問題を工学的に捉えている点がある。著者は人間の活動によって発生する温室効果ガスを分野別に、著者が財団の活動や投資などを通じて入手した情報を基にして、それぞれの排出を減少させるためにどのようなブレイクスルーが期待できるかを提示していく。

世界では毎年 510 億トンの温室効果ガスが発生している。その内訳は大まかに次の通り。

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これらを実質的にゼロに近づけなければ地球の気温上昇とそれに伴う環境の変化や気候の変動を止めることは難しい。ではゼロに近づけなければ何が起きるかというと、例えば次のような現象が頻発するようになる。

  • 暴風雨や山火事などの災害
  • 海面上昇による沿岸地域の地盤沈下や水害
  • トウモロコシなどの作物栽培可能期間の短縮による農産物の収量低下
  • 動植物の生息可能地域の減少
  • 熱中症や昆虫媒介感染症の増加

これらを防ぐためには温室効果ガスの排出を減らさなければならないが、道は険しい。というのも、温室効果ガスを発生させない「クリーンな」エネルギー源は、それを発生させる「クリーンでない」エネルギー源と競争しなければならないからだ。

化石燃料が非常に安く簡単に手に入る。これは環境負荷の観点で本来負担すべきコスト(温室効果ガスを発生させ、気候変動の原因となる)を負担していないからで、著者はそのような燃料と「クリーンな」エネルギーとの価格差を「グリーン・プレミアム」と呼び、それを最小化できるようなブレイクスルー(政策・市場・技術の組み合わせ)を見つけることが問題の解決につながると主張する。実際に著者が投資した会社やなぜそれがブレイクスルーに繋がるのかが工学的な視点から説明されており、自分自身の視野を広げることにつながった。

個人的にこのような「気候変動を工学的に解決する」という視点が面白く、この本を読んでいて気候変動問題の周辺には巨大なビジネスチャンスが眠っていると実感した。今後 20-30 年の世界で最も重要なトピックになると思うので、繰り返し読みたい。

3 位: 復讐者マレルバ

https://www.amazon.co.jp/dp/B072K1YVWB

巨大マフィアに家族を殺された 21 歳の青年。その日より、復讐が彼の生きる目的になった。賭博で金を稼ぎ、銃を仕入れ、敵を撃つ。やがて彼は新興マフィアのボスとなり、家族殺しの首謀者を追い詰める!膨大な死傷者を出した抗争の当事者が獄中で語った真相。

1990 年前後の数年間、シチリアで 300 名以上の犠牲者を出したマフィア抗争を引き起こした「スティッダ(星)」と呼ばれる組織の創始者の一人アントニオ・ブラッソ(本名ジュゼッペ・グラッソネッリ)の回想録。

アントニオは多くの親族を突然マフィアに虐殺され、治安当局にも頼れない中で生きるため、残った親族を守るため、親族の復讐のためにマフィアと戦うことを決意する。何年もかけて外国で金や仲間、武器を集め、友や恋人と別れ、シチリアに戻り復讐を完遂する。

しかし、話はただの復讐劇で終わらない。アントニオは警察に逮捕され、裁判でイタリアの最高刑である終身刑の判決を受ける。収監され厳しい拘禁措置が続く中で、アントニオは過去の自分と向き合う。逮捕当時は小学校しか出ていなかったアントニオは厳しい環境の獄中で過去の自分と訣別するため勉学に励み中学・高校の卒業資格を取り、最終的にはナポリ大学の文学部哲学科を卒業する。

単なる犯罪ノンフィクションとしても面白い作品だが、それ以上に重大な罪を犯した人間の背景、犯した罪とその経緯、更生の過程を内面から(本人が)語っているという構成が他にはない際立った作品になっている。

個人的には塀の内と外は紙一重で、自分自身も環境やタイミングによっては「アントニオ」になっていたかもしれないと考えている。だからこそ、なぜ罪を犯すことになったのか、どうすれば合法な社会に留まれるのか、戻れるのかということに興味を持って生きている。この本は自分にとって重要なテーマに示唆を与えてくれる本だった。

4 位: Real World HTTP

https://www.amazon.co.jp/dp/4873119030

本書は HTTP に関する技術的な内容を一冊にまとめることを目的とした書籍です。 HTTP が進化する道筋をたどりながら、ブラウザが内部で行っていること、サーバーとのやりとりの内容などについて、プロトコルの実例や実際の使用例などを交えながら紹介しています。 Go や JavaScript によるコード例によって、単純な HTTP アクセス、フォームの送信、キャッシュやクッキーのコントロール、Keep-Alive、SSL/TLS、プロトコルアップグレード、サーバープッシュ、Server-Sent Events、WebSocket などの動作を理解します。

一言で表現すると「HTTP の歴史書」と言えると思う。この本についてはブログでまとめを書いた。

https://lyohe.github.io/2021-05-12-real-world-http2/

インターネットに関する仕事(特に技術的な…)をしていく上で、ある技術が何を目的としてどのような背景で生まれ、どういう技術につながっていったか、もしくは消えていったか…という歴史は知っておいて損をすることは全くない。むしろ知らないと困る。

例えばクッキーやセッションとはなんなのか、ブラウザの裏側では何が起きているのか…など。本書ではプロトコルとしての HTTP を中心に、そのユースケースと関連する技術を紹介していく。技術とそれが具体的にどのように利用されるかが合わせて読めるので理解しやすい。

この本の良いところは知識(本書の内容だけでなく、RFC や各種資料への参照を含む)だけでなく自分で手を動かして Go 言語で簡単な HTTP クライアントを実装する章があるところで、これをやると実際にどう動作するかが分かって知識が身につきやすいと感じる。ちなみに事前に Go の経験は一切なくて良い。自分も名前聞いたことあるくらいのレベル感だったが、本書の課題に取り組む上では特に問題はなかった。

5 位: アカマイ - 知られざるインターネットの巨人

https://www.amazon.co.jp/dp/B00MIFE3BC

動画配信、通販などで拡大し続けるネット経由ビジネス。天文学的に増え続ける情報量を陰で支えている会社アカマイ。情報ビッグ3から NHK の災害放送まで、インターネットを陰で支える同社の真実。

CDN(Contents Delivery Network)として世界最大の企業であるアカマイの創業ストーリーやビジネス、同社を取り巻くお金の流れを紹介する本。インターネットを流れる情報はその最大 1/3 がアカマイの CDN を経由していると言われているが、一般的な知名度は非常に低い。

その理由はアカマイのビジネスモデルにある。アカマイは「顧客のコンテンツをインターネット上で迅速に配信する」というサービスを運営しているが、顧客はデータを配信する企業であって一般消費者ではない。そのため、普通の人々がアカマイの存在を意識することは少ない。

一方で、コンテンツの配信において同社は競合他社と比べて非常に大きな売上を得ている。同社の売上は FY2020 で $3,198M で、日本円にして 3,500 億円くらい。著者はこの成功について、「ISP(Internet Service Provider)の運営コストを減らしつつデータ配信を高速化したい顧客からお金を稼ぐ」というビジネスモデルを競合に先んじて事業化し大規模な資金調達を行って投資を加速したことが大きいと評する。

世界のインターネットは通信キャリアや ISP が互いに接続することで成立している(Inter-Net)。顧客から近いのは ISP で、基本的にはユーザーから毎月固定料金を徴収するが、彼らはインターネットの基幹部分を支える通信キャリアにトラフィックに応じた利用料を支払っている(通信キャリア同士も同様)。インターネットの維持には回線や通信設備など費用がかかるが、それはトラフィックに応じて発生するためだ。つまり、 ISP(や通信キャリア)はできれば異なる組織との通信を減らしたいというインセンティブがある。

ここでアカマイが役に立つ。

アカマイはそれら事業者の施設に自社の機器を配置し、世界中のユーザーが行う DNS の名前解決結果を操作することでユーザーからの通信を特定の方向に誘導し、最も近い場所からコンテンツを取得するように仕向ける。つまり、ある企業(アカマイの顧客)の Web サイトを見ようとしたとき、自分から最も近い場所にあるアカマイのサーバーの IP アドレスがユーザーに渡され、ユーザーとアカマイのサーバーの間で通信が行われる。1

つまり、アカマイのサーバーを通信事業者が自社の施設内に配置することは通信事業者にとって他社のネットワークとの通信を減らす上で大きな役割を果たす。むしろ金を払って置いてもらいたいくらいだ。逆に、一度置いてしまえばアカマイの同業者のサーバーを置くメリットは少ない。一方で、アカマイの顧客であるコンテンツ配信企業としては、自社で同等のネットワークを構築することは難しいが、アカマイにお金を払えばそのサーバーを利用して配信することで高速なコンテンツ配信ができるようになる。

このように、アカマイの事業は参加者全員にメリットがありつつ他社の参入も難しいという優れたビジネスモデルとなっている。

アカマイ創業者のトム・レイトンは MIT で応用数学の教授として働いていたが、その隣には World Wide Web(WWW)考案者の一人として有名なティム・バーナーズ=リーのオフィスがあった。リーは WWW におけるアクセスやコンテンツの増加が避けられない問題であることを予見し、より良い配信方法を発明できないか同僚に相談していた。レイトンと研究チームは大量のデータ配信を行うにあたって距離を最短にしつつ経路を調整することで、混雑を避けながらデータを届けられるアルゴリズムとアーキテクチャを考案した。2

この本は単なる「アカマイ」のビジネスの話だけでなくインターネットを取り巻く情報やお金の流れを俯瞰的に見られるという点で面白い本だった。

Footnotes

  1. 具体的には、顧客が管理するドメインの権威 DNS サーバーに CNAME としてアカマイのドメインを登録しておく。アカマイのドメインの権威 DNS サーバーはアカマイが運営しており、ユーザーが利用しているキャッシュ DNS サーバーの IP アドレスを見て、最も近いと判断したアカマイサーバーの IP アドレスを返すことができる。つまり、アカマイはユーザーの IP アドレスを知らずに地理的に最も近いと考えられるサーバーを割り当てることができる。

  2. 元々は論文を書くための研究だったが、研究者の一人が金に困って学内の賞金付きビジネスプランコンテストに応募し、それをきっかけに事業化した。ちなみにそのビジネスプランコンテストでは敗退したが、1999 年 2 月に事業を始めて急激に成長して 11 月には NASDAQ へ上場し、年末には時価総額が $35B を超えた(2021 年 12 月 20 日現在は $18B)。