2022年に読んだ本 BEST5


2022 年に読んで面白かった本 BEST 5

1. 教誨師 | 堀川惠子

https://www.amazon.co.jp/dp/B07BVG18DR

半世紀にわたり、死刑囚と対話を重ね、死刑執行に立ち会い続けた教誨師・渡邉普相。「わしが死んでから世に出して下さいの」という約束のもと、初めて語られた死刑の現場とは? 死刑制度が持つ矛盾と苦しみを一身に背負って生きた僧侶の人生を通して、死刑の内実を描いた問題作! 第 1 回城山三郎賞受賞。

今年 1 冊目に読んだ本だが、一年の間ずっと心に残りふとした瞬間に思い出すことがあった。大学の先輩に死刑囚がいて(執行済み)その支援をやっている人も知っていたので、死刑という制度そのものに関心があった。

死刑制度には賛否両論あるが、どちらの立場であっても或いは死刑制度に関心がなくても読んでほしい本だ。なぜなら日本では死刑囚と面会できる民間人は少なく、死刑判決を受けた人間が執行に至るまで拘置所で何を考えていたかを知る機会がほとんどないからだ。死刑に賛成であっても反対であっても関心がなくても、一人の人間を国家権力によって殺す選択をするのだから、その責任を意識しないわけにはいかない。

一般的に、刑罰が存在する思想的根拠には大きく分けて教育刑(その人が再び罪を犯すことのないように教育する目的)と応報刑(罪に対して報復をすることで他の人も含めて犯罪行為に及ぶことを抑止する目的)の 2 種類がある。死刑が確定すると拘置所から出ることはない、つまり教育効果がないのは明らかだから、応報刑としての効果があるかを国民一人一人の責任において考え続けることが重要になる。

「教誨師」とはその名の通り人を教えさとす仕事であり、僧侶や牧師などの宗教者が担っている。彼らは囚人と面会して対話を重ね、その執行にも立ち会う。本書には様々な死刑囚が登場し、どのような事件をどのような理由で起こしたか、その後何を考えどう生きたかが描写されている。宗教を信じる者もいれば信じない者もいるが、渡邉は時に失敗しながらも一人一人と対話を重ね、自分自身も悩み苦しみながら死刑囚を導いていく。

近い将来に国家の手で死ぬことが確定している人間を教えさとすという活動は心身ともに過酷で、長く続けられる人はなかなかいないそうだ(ちなみに教誨師は給料も出ず、完全にボランティアである)。そんな中で半世紀にわたって人の(国家による)死に立ち会ってきただけあって、死刑だけでなく人に訪れる死そのものについて考えるきっかけとなる本だった。

強烈にお勧めしたいが、未だに自分がこの本を読んでほしい気持ちをうまく言語化できずにいる。

2. コード・ガールズ――日独の暗号を解き明かした女性たち | ライザ・マンディ

https://www.amazon.co.jp/dp/4622090198

日本軍の真珠湾攻撃が迫る 1941 年 11 月、アメリカ海軍から東部の名門女子大に宛てて「秘密の手紙」が送られはじめた。そこには、敵国の暗号解読に当たれる優秀な学生がほしいと記されていた――。

第二次世界大戦中、米陸・海軍に雇われ、日本やドイツなど枢軸国の暗号解読を担ったアメリカ人女性たちがいた。外国語や数学をはじめとする高等教育を受けた新卒者や元教師らが全米各地から首都ワシントンに集い、大戦末期には男性をしのぐ 1 万人以上の女性が解読作業に従事した。 その働きにより、日本の外交暗号(通称パープル)や陸軍の船舶輸送暗号が破られ、枢軸国側に壊滅的な打撃を与えた。ミッドウェー海戦での米軍の勝利、山本五十六連合艦隊司令長官の殺害作戦の陰にも彼女らがいた。一方、大西洋戦域においてはドイツのエニグマ暗号を解明して U ボートの脅威を排除し、ノルマンディー上陸時の欺瞞作戦でも活躍した。こうした功績がきっかけとなり、それまで女性には閉ざされていた政府高官や大学教授など高いキャリアへの道が切り拓かれることになる。

戦後も守秘義務を守り、口を閉ざしてきた当事者らへのインタビュー、当時の手紙、機密解除された史料などをもとに、情報戦の一翼を担った女性たちに光をあて、ベストセラーとなったノンフィクション。口絵写真 33 点を収録。解説・小谷賢。

女性の高等教育が奨励されておらずその見返りも少なかった 1940 年代前半のアメリカで、枢軸国や中立国の暗号解読を通じて第二次世界大戦での米国の勝利に大きく貢献した女性たち “コード・ガールズ” の話。

二度の世界大戦は各国で女性の社会的地位を向上させた。20 世紀初頭までは「男性は外で働き、女性は家を守る」という価値観が支配的だった。しかし、第一次世界大戦によって男性が兵士として出国して人手不足となる中で、それまで男性の仕事とされていた工場労働や郵便配達など社会の維持に不可欠な分野で女性が仕事をするようになった。その結果として人々の価値観が大きく変わり、イギリスでは 1918 年、アメリカでは 1920 年には女性に選挙権が認められた。

第二次世界大戦が始まると、男性が軍隊に召集されたことで再び社会に女性の力が求められるようになった。当時のアメリカは太平洋での日本との戦争を見据えて暗号解読に力を入れていた。海上での作戦では戦力を集結するために広範囲で連絡を取る必要があり、必然的にお互いに敵側に通信を傍聴されるため暗号技術が非常に重要だった。さらに、真珠湾攻撃で米国の太平洋艦隊が大打撃を受けたこともあり、敵を叩くだけでなく敵側の攻撃を防いで自国兵士の命を守る面でも暗号解読の重要性は高まった。

暗号解読は地道な作業で、暗号文を整理・分類してそこから法則性を見つけ出し、別の暗号文にそれを適用していく。これには数学や外国の基礎能力や集中力を持つ大勢の人間が必要だった。多人数の暗号解読者を欲していたアメリカ海軍と、数学や外国語の高等教育を受けながらその能力を活かす道が教師くらいしかなく不満を抱えていた女性たちとは利害が一致していた。

コード・ガールズとして活躍した女性たちの一部は戦後も(戦前は男性の仕事とされていた)軍の士官や大学教授、政府職員として働くようになり、女性のキャリア多様化につながった。

女性は理数系に向いていないといったような差別や偏見は現代でも存在しているが、彼女らが残した実績を見れば(アラン・チューリングのような伝説的な人物と比較しても)全く劣ってはいないのだから、性別による差は存在しておらず周囲の人間の思い込みや環境によって単純な機会が不足することが実績の性差として現れそれが人々の思い込みを補強する負の循環があるのではないかと感じた。

参考: YouTube: Secret Code Girls of World War II | Liza Mundy | Talks at Google

3. 深海の使者 | 吉村昭

https://www.amazon.co.jp/dp/4167169495

太平洋戦争が勃発して間もない昭和 17 年 4 月 22 日未明、一隻の大型潜水艦がひそかにマレー半島のペナンを出港した。3 万キロも彼方のドイツをめざして…。 大戦中、杜絶した日独両国を結ぶ連絡路を求めて、連合国の封鎖下にあった大西洋に、数次にわたって潜入した日本潜水艦の決死の苦闘を描いた力作長篇。

昭和 17 年秋、新聞に大本営発表として一隻の日本潜水艦が訪独したという記事が掲載された。当時中学生であった著者は、それを読み、苛酷な戦局の中、遥かドイツにどのようにして赴くことができたか、夢物語のように感じたという。 時を経て、記事の裏面にひそむ史実を調査することを思い立った著者は、その潜水艦の行動を追うが……戦史にあらわれることのなかった新たなる史実に迫る。 解説・半藤一利

上記の「コード・ガールズ」による暗号解読によって苦境に陥った旧日本軍潜水艦の実話を基にした小説。

第二次世界大戦において日本はドイツと軍事同盟を結んでいた。しかし、その間には直線距離で 10,000 km 近くの距離があり連絡は容易ではなかった。両国の間にはソ連があり、開戦当時は敵国ではなかったものの緊張状態にあったため、陸路や空路での移動は不要な刺激を与え日本への敵対的行動を招く可能性があった。

また、海路ではスエズをイギリスが抑えており、日本とドイツの連絡は電信に頼るか数ヶ月かけて潜水艦でインド洋を横断し喜望峰を迂回するしかなかった。日本はドイツ兵器の技術情報やドイツに派遣した武官の持つ資料や情報を欲しており、ドイツはスエズや中近東、エジプトの制圧を進めるためにイギリスのアフリカ経由の補給路を攻撃するよう日本に要望していた。そのため、日本から潜水艦で喜望峰を経由してヨーロッパへ向かい、途中で補給船を叩くことは両国の利害が一致していた。

しかし、「コード・ガールズ」にも描かれている通り第二次大戦が進むに従って日本軍の暗号はほぼ解読されており、日独間を潜水艦が往復することもその日程や目的、積載物もほぼ明らかになっていた。その中で多くの潜水艦は任務の途中で攻撃を受け苦境に陥り、生還できない艦も多かった。著者の吉村昭はさまざまな作品を残しているがどれも綿密な取材に基づいて執筆されており、臨場感がある。

印象的なエピソードとして、日独伊三国同盟の軍事委員だった野村直邦がドイツから日本に帰国した際のスケジュール確認をアメリカに盗聴されていることを前提に国際電話で行ったという話が登場する。ベルリンと東京の双方で野村と同じ鹿児島出身の外交官が早口の薩摩弁で喋ることで、平文ながら盗聴者にはその意味を直ぐには判別することができなかった(いわゆるコード・トーカー)。

4. カッコウはコンピュータに卵を産む | クリフォード・ストール

上巻: https://www.amazon.co.jp/dp/4794223099

下巻: https://www.amazon.co.jp/dp/4794223102

1986 年、まだネット黎明期のカリフォルニア・バークレー。事件の発端は 75 セントだった。ローレンス・バークレー研究所のコンピュータ・システムの使用料金が 75 セントだけ合致しない。天文学研究のかたわらシステム管理者をつとめる著者の初仕事はその原因の究明だった。調査を進めるうちに、正体不明のユーザが浮かび上がってきた。その人物は研究所のサーバを足場に、国防総省のネットワークをかいくぐり、米国各地の軍事施設や陸軍、はては CIA にまで手を伸ばしていたのだ!

――インターネットが世界を覆いはじめる前夜、「ハッカー」の存在を世に知らしめた国際ハッカー事件。その全容を当事者本人が小説のような筆致で描く。トム・クランシーも絶賛した世界的ベストセラー、待望の復刊!

実際に起きたハッカー事件を基にした当事者によるノンフィクション。

主人公クリフは新人天文学者として望遠鏡の光学系を設計していたが、政府の助成金が切れたことで天文学者の仕事を続けられなくなり同じ研究所内のコンピュータ管理部門で働くことになった。当時のローレンス・バークレー研究所では 4,000 人の研究者が物理計算用の大型コンピュータを使っており、演算装置やディスクの使用量に応じて利用した研究者の所属する部門に請求書が送られる仕組みだった。

働き始めて 2 日目、その請求合計額と実際のコンピュータ利用料から計算した額に 75 セントの差が生じていることが明らかになり、その原因調査がクリフの最初の仕事になった。クリフはデータやプログラムを調査し、1 日で原因を突き止める。ハンターという名前のアカウントがコンピュータを利用していたが、請求書の宛先が登録されておらずそれが 75 セント分の差額として現れていたのだった。

誰もハンターという人間を知らないことからクリフはハンターのアカウントを削除したが、それ以降も異なる名前の(請求書の宛先が登録されていない)アカウントで研究所のコンピュータに接続されることがあり、外部からの侵入であることが明らかになるとクリフはその調査に追われることになった。その侵入者は研究所のコンピュータを介して米国内の軍事施設のネットワークへ侵入している形跡があったことから、事件は次第に国防総省や CIA も巻き込んだ大騒動に発展していく。

クリフが周囲の協力を得ながらハッカーに迫っていく過程はミステリーとして面白い。例えば、クリフの先輩デイヴは早い段階でハッカーがバークレーや近所のいたずら好きの学生ではなく、西海岸以外の場所でそれなりの経験を積んだ技術者であると予想する。ハッカーが研究所のコンピュータに残していった UNIX コマンドの履歴には旧世代の AT&T UNIX 特有のオプションが使われており、それはバークレー UNIX(BSD)では自動でやってくれるために使われていなかったからだ。

現代ではコンピュータやインターネットが一般家庭で当たり前に使われているにも関わらず、その裏で動いているソフトウェアや各端末を結ぶネットワークがどのような仕組みで動いているか、どのような脆弱性が隠れているのかを意識することは少ないように思える。しかし、それは自分の手を動かしてデータを調査したりソフトウェアを書いていく人がコンピュータやネットワークの安全や自由を守っているからであって、そういった人が減っていけばインターネットはより危険で不自由になっていくかもしれない。

自分も一人のプログラマーとしてそういった自由な世界を守る方向に進んでいきたいと思った。

5. カースト - アメリカに渦巻く不満の根源 | イザベル・ウィルカーソン

https://www.amazon.co.jp/dp/4000615564

アメリカの日常にはびこる黒人差別は決して根絶されず再燃する。ピューリツァー賞受賞・黒人女性作家が自らの体験をもとに、差別の底に潜む、白人、バラモン、アーリア人の「優越」を保持するカースト制のメカニズムを探る。アメリカの民主主義を蝕むカーストの恐るべき悪とは。世界的ベストセラー、待望の邦訳。

アフリカ系アメリカ人が過去に受けてきた(現在も受けている)差別や偏見をインドのヴァルナやジャーティ、ナチスドイツにおけるユダヤ人迫害と比較し、その共通点を「カースト」と呼ばれる社会的階級制度の「柱」として整理してそれらの歴史や制度・慣習が人間にもたらす影響を考察する本。

カーストを支える柱には次の 8 つがある。

  • 神の意思と自然の法則: 旧約聖書でノアから呪われたハムのように、神話や宗教によって差別を正当化する
  • 遺伝性: 肌の色や姓のように、一見して分かり先祖から受け継ぐ特徴によって差別する
  • 族内婚と、結婚と子作りの制御: 異なるカースト間の婚姻や子作りを禁止する
  • 純潔 vs. 汚染: 下層カーストに対して特定の場所(例えば寺院やプールなど)に入ることを禁止する
  • 職業のヒエラルキー: 運転手や家事労働、小作人など特定の職業は下層カーストに限られ、それ以外の職業につくことを禁止する
  • 非人間化と烙印: 下層カーストの人間から個性を剥ぎ取り、集団ごと搾取や残虐行為の対象とする
  • 実施手段としての恐怖、支配手段としての残酷: カーストの規範に逆らった者を私刑にかけ、それを周囲に見せつける
  • 生まれつきの優越 vs. 生まれつきの劣等: カーストは生まれつき決まっておりそれが変わることがないことを社会の様々な箇所で思い知らせる

著者はニューヨーク・タイムズの記者として長年働き権威ある賞も受賞しているが、仕事と私生活の双方で黒人女性ならではの差別や偏見を受けてきた。例えば、取材に行ったのに記者だと信じてもらえなかったり、大荷物で移動しているときに自分だけ麻薬の売人と間違われたり、ファーストクラスに乗ったのに乗務員が自分だけ荷物の運搬を手伝ってくれなかったり…

アメリカでは奴隷解放や公民権運動を経て憲法上は人種間の差異がないものの、人々の中には意識的・無意識的に肌の色で相手に対する思い込みがインストールされており、それが統計上にも警察によるアフリカ系アメリカ人の殺害件数のような形で表出してきた。容易に変えられない身体的、社会的特徴を基に集団を序列化しその序列に基づいて行動規範が形成されそれに従って行動してきた人がいる限り、書類上は平等であっても実際には社会的な階級制度がなくなることはない。

それを変えるには社会の全員がカーストの歴史やそれに基づく意識的・無意識的な差別・偏見の存在を知り、解決に向けて動き続けることが重要になる…ということを意識することになった一冊だった。

番外編: Git’s database internals

GitHub 社が Git’s database internals という連載記事で Git の内部構造を解説していた。

  • リポジトリのバージョン管理に必要なデータをどのように保存し取り出しているのか
  • コミット履歴を効率的に保存し高速に探索するためにどのようなデータ構造を採用しているのか
  • あるファイルが変更されていることをどのように検知しているのか
  • ローカルとリモートの間でどのようにデータを同期しているのか
  • 巨大なリポジトリを管理するためにどのような工夫をしているのか

…などなど、自分が趣味や仕事で Git を使う中で日々「この辺ってどうなってるんだろうな」という疑問の大部分を一度に解消してくれる素晴らしい記事だった。まとめ記事も書いたのでご興味のある方はぜひ。

https://zenn.dev/username/articles/2022-09-19-8118755d3cd9291907ee