2025年に読んで面白かった本5冊
2025 年に読んで面白かった本 5 冊について書く。ヘッダー画像は下記の記事から引用しました。この本はとても面白いのでまだ読んでない人がいたら買ってほしい。
https://note.com/honnozasshi/n/n08040528ce6d
1. 酒を主食とする人々 / 高野秀行
https://www.webdoku.jp/kanko/page/9784860114954.html
TBS のテレビ番組「クレイジージャーニー」の取材の一環でエチオピア南部に存在する酒を主食とする人々「デラシャ」の村を訪れた著者による旅行記。著者の高野氏は「謎の独立国家ソマリランド」など様々な旅行ノンフィクションで知られており、氏の本を読んだ方であれば絶対に楽しめると思う。ちなみに著者によると同番組では本書で行われた取材の大部分がカットされているそうなので、クレイジージャーニーを既に見た人も安心して欲しい。
デラシャの村では、子供や大人、老人や入院中の病人、妊婦まで皆が「パルショータ」と呼ばれる濁り酒を飲んでいる。これはモロコシの一種を特殊な手順で発酵させたアルコール度数 3 ~ 4% の酒で、デラシャは基本的に固形物をほとんど食べずひたすらこれを飲み続けている。1 日 1 人あたり 5 リットルも飲んでいるらしい。
酒を一日中飲んでいると聞くとだらしない酒浸りの姿が思い浮かぶが、デラシャはみな酒を飲みながら普通に働いている。ただし、飲酒運転はしていない(というかそもそも自動車がない)。畑仕事をしている親子が大きなポリタンクに入った酒で朝から晩まで活動していたり、間違いなく酒を「主食」としている。綺麗な水が貴重で食料の大量保存が難しい環境に適した食生活と言えるかもしれない。酒は煮炊きする必要なく一日陽にさらされても傷まないし、持ち運びも楽で好きな時に飲める。だらしがないどころか、デラシャは栄養状態がいいはずのエチオピアの首都に住む人々より背が高くて体格の良い人が多く、高血圧や糖尿病といった多量飲酒につきものの病気も見られない。
本書ではベテランのノンフィクション作家である著者の視点から「酒を主食とする人々」がいったいどのような生活をしているのか、どのような背景でそうなったのか、近年起きている変化などを分析している。自分が全く見たことない世界で、こんな生活をしている人間が存在するということに驚きっぱなしの本だった。エチオピアは 2000 年前から文明があるしヨーロッパに占領された期間が非常に短いので、デラシャのような変わった(?)民族が他にもいるかもしれない。
デラシャの人々は日本や西洋医学の一般的な常識から外れた生活をしているが、数百年にわたって自然を作り変えながら環境に適応し同じ場所で生き続けてきた。ある方向から見ると「遅れている」ように見えても「別の方向に進んでいる」と言える文化はたくさんありそうだし、そういった観点を学べる良書だった。
2. 技術革新と不平等の1000年史 / ダロン・アセモグル, サイモン・ジョンソン, 鬼澤 忍(訳), 塩原 通緒(訳)
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000614460/
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000614461/
技術革新は必ずしも自動的に社会全体の繁栄につながるとは限らず、その技術がどのように利用され誰が利益を得るかは社会制度や技術の特性によって決められてきたことを歴史を振り返りながら説明する本。
技術革新と成長の成果はどのように配分されるのか、より公平な分配を実現するにはどうしたらよいかという論点を中心に、過去 1000 年の歴史を振り返り実例を挙げながら分析していく。
本書によれば、生産性の向上が広範な繁栄に結びつくのは、新たなテクノロジーが労働者の限界生産性を高め、結果として得られた利益を企業と労働者が分かち合う場合に限られるという。限界生産性とは、労働者が一人増えるおかげで、生産量が増大したり、サービスを提供できる顧客が増加したりすることでもたらされる追加的な寄与を指す。これは一般的な感覚にも沿っていそうだ。技術の進歩が労働者の限界生産性を高める場合、その技術を使う労働者が増えるほど生産量や顧客が増えるので経営者は労働者を増やす動機がある。労働者への需要が増加すると、雇用を確保したり維持するための賃金が増加し社会全体の繁栄につながる。
例えば、20 世紀初頭にアメリカの自動車産業で始まった大量生産や組み立てラインは設計・技術・機械操作・事務など様々な新しい仕事を生み出し労働者への需要を増加させた。労働者が貢献できる分野が拡大すると限界生産性が向上するし、一箇所に労働者が集積することで権力基盤に対抗する力を得る。
一方で、技術革新が単なる無人化・省力化を進め限界生産性の向上に繋がらない場合、労働者は不要となるため技術によって得られた利益は資本家に蓄積される。本書ではこの事例として、イギリスの繊維業界において熟練職人の労働が紡績機や織機に置き換えられていったことを挙げている。また、労働者に移動の自由がない場合は需要が増加しても賃金を上げる必要がない(より高い賃金を求めて労働者が移動することができない)ので、繁栄にはつながらない。この例としては中世ヨーロッパの農業が挙げられている。
人類の歴史では様々な技術革新が行われマクロで見ると全体的な生活水準は大きく向上しているものの、それは技術の特性や利益を分配する権力基盤の方向性によるもので、技術革新によって自動的にもたらされるものではない。昨今の急速な AI 技術の進歩によって得られる利益が社会全体の繁栄につながるのか一部の資本家への集中を招くのか、技術の進歩がもたらす未来を考えて意思決定する上で材料になりそうな面白い本だった。
3. OPUS / 今敏
https://www.fukkan.com/fk/CartSearchDetail?i_no=68327268
アニメ映画「千年女優」や「パプリカ」「東京ゴッドファーザーズ」「パーフェクトブルー」などの監督を務めた今敏が漫画家時代に最後に手がけた作品。
タイトルの “OPUS” はラテン語で「作品」を意味する。本作では漫画家である主人公が自身の描いたマンガの登場人物によって作品世界に引きずり込まれ、その結末を巡って葛藤する。「作品を作り上げるクリエイターの姿を描く物語」としていわゆるメタフィクション的な構造を持っており、物語は以下五段階の層に分かれている。
- 主人公の漫画家・永井を取り巻く状況を描く
- 永井が連載中の長編漫画「RESONANCE」の世界に引きずり込まれ、自身が描いた設定やキャラクターたちに翻弄される
- 永井は現実世界に帰るが作品の結末を巡って葛藤する。逆に作中世界の人物が現実世界に登場し、永井は世界を救うため自身の意思で作品世界に戻る
- 永井と作中の登場人物たちがあの手この手で物語に介入し、作品世界を守るために戦う
- 「OPUS」が掲載誌の廃刊によって連載終了となり、今敏の視点で漫画家・永井を描く(最終回は単行本のみ収録)。
最も印象的だったのは 5. の最終回で、掲載誌廃刊の知らせを受けた作者が本来のシナリオを諦めて作品の今後について友人と電話しているところに自分が生み出したキャラクター「永井」が現れ、未完のまま作品を終わらせることについて説教されるシーンだ。虚構と現実が繋がり登場人物がその間を行ったり来たりする本作の物語構造は、その後の今敏のアニメ作品にも通じているように思える。
個人的にはこのようなメタフィクション的作品が好きで、見つけるたびに読んでいる。全ての創作物はその創作をする人間が存在しており、通常は作者が作った世界を消費者が体験するが、メタフィクションでは消費者が作者側を覗き込んでいる二重構造となる。OPUS の場合は「今敏 → OPUS → RESONANCE」という三重の構造となっており、更に外側の世界の存在も示唆されている。作者の作品に対する向き合い方(または、自分の作品を消費者にどのように見てほしいのか)が作品として表現されているのが面白い。
連載漫画としては未完なのだが、単行本に収録された最終回込みで「未完である」ということ自体にストーリー的な価値がある珍しい作品だと思う。
4. ルポ秀和幡ヶ谷レジデンス / 栗田シメイ
https://mainichibooks.com/books/nonfiction/post-713.html
「渋谷の北朝鮮」と呼ばれ管理組合が独裁的に支配し監視体制が敷かれたマンションで、自治を取り戻すために立ち上がった住民たちの 4 年にわたる闘いを描くノンフィクション。
舞台となる秀和幡ヶ谷レジデンスは都内の一等地にありながら、周囲の同等スペックの物件より明らかに価格が低い。というのも、このマンションには「知人を宿泊させたら 1 万円払う」「購入の際は管理組合との面接が必須」「救急車が入れない」といった理不尽なルールや監視体制が敷かれているからだ。
多くの住民たちは理不尽なルールに辟易しており中には生活に支障をきたす者もいる。奇妙なルールを強制する理事会側の行動はどう考えてもおかしいのだが、マンションの理事会を入れ替えるには過半数の支持が必要になる。しかし住民も一枚岩ではなく、無関心を貫く者、おかしいと思いつつ理事会に睨まれ嫌がらせされるのを恐れて行動しない者もいる。本書では熱意を持った数人を中心に長い時間をかけて粘り強く行動を続け、最終的に僅差で過半数を抑え旧理事会を追放する。
独裁的な支配体制が成立していた背景には、多くの住民のマンション理事会に対する無関心があった。理事長も最初は几帳面にルールを守らせるだけだったが、徐々に反対意見を無視した独善的な振る舞いをするようになっていく。一度理事長になると過半数の反対がなければそのまま居座れてしまうので、権力の暴走を止めることが難しい。マンションの理事会は小さな民主主義で、構成員が全体の利益を探求するための活動を継続していかなければそれを守ることは難しいのだと感じた。
なお、秀和幡ヶ谷レジデンスの資産価値は旧理事会の追放後に 2 倍近くまで上がったらしい。理事会の刷新だけが理由ではないだろうが、管理団体のガバナンスが欠如しているとこれほど価格に影響するのかと学びになった。
5. ある行旅死亡人の物語 / 武田惇志, 伊藤亜衣
https://mainichibooks.com/books/nonfiction/post-593.html
尼崎市のアパートで孤独死した「田中千津子」という女性の人生を辿るノンフィクション。
タイトルにある「行旅死亡人」とは病気や行き倒れ、自殺等で亡くなり、名前や住所など身元が判明せず、引き取り人不明の死者を指す法律用語。管轄の自治体が火葬したのち死亡人の特徴や発見時の状況や所持品などを官報公告し引取り手を待つ。
共同通信の記者である著者は、記事のネタを探す中でとある「行旅死亡人」の公告に目を引かれる。尼崎市のアパートで 75 歳くらいの女性が亡くなっており、右手の指が全て欠損し現金 3400 万円を持っていたとの内容だった。行旅死亡人でこれだけの財産を持っているというのは珍しいが女性の記事はどこのニュースでも取り上げておらず、興味を持った著者は相続財産管理人として選任された弁護士に取材を試み、女性の正体と過去を探る物語が始まる。
ミステリー小説ではなく現実世界の話なので全ての謎が明らかになるわけではないが、取材の進行につれて「田中千津子」の人生の輪郭が徐々に浮かび上がってくる。「行旅死亡人」に限らず、人間には一人ひとりに物語がある。本書では死者を題材としているが、生きている人間であっても自分に見えている姿が全てではない。ただ、知りたいと思い、知るための行動を重ねることはできる。本書は「名前のない遺体」が「名前を持つ一人の人間」になるまでの物語であり、その点では納得感のある結末だった。